第4話|お金を貸したその後、電気もガスも止まった話


今振り返っても、この日は自分の人生の流れが大きく変わった“分岐点”だったと思います。

前の職場の同年代の元同僚から、久しぶりに誘われて一緒に飯を食べに行った帰り道。
車の中で、彼はふいにこう言いました。

「……ちょっとさ、お金貸してくれへん?」

その一言が、この先の生活をここまで狂わせることになるとは、
そのときの私はまったく想像していませんでした。

車の維持費などで急にお金が必要になったらしく、
「すぐ返すから」「ほんま一回だけやから」と、彼は必死に懇願してきます。
さっきまで他愛もない話をして笑っていたのに、
表情も声のトーンも一気に変わっていました。

私は、その変貌ぶりにまず驚きました。
同時に、逃げ場のない車内という密室で、

「ここで断ったら、このあとどうなるんだろう」

という妙な怖さも感じていました。

正直、「助けたい」という気持ちよりも、
一刻も早くこの気まずい空気から解放されたい思いのほうが強かったと思います。

もともと私は、相手と正面から向き合ってハッキリ断ることが苦手で、
その場をうやむやにしてしまいがちな性格です。
彼の必死な弁解やお願いを聞いているうちに、
いつの間にか彼の立場に立って考えてしまい——

結局、私は貯金の中から、まとまったお金を渡してしまいました。


    お金を貸したその後

    貸した金額は、たしか 10万円弱 ほどだったと思います。
    正確な返済期限までは覚えていませんが、最初のうちは

    「ごめん、今月ちょっとキツいから、返済少し待ってくれへん?」

    といった連絡が来ていました。
    「ちゃんと返すつもりはあるんだろう」と、そのときの私はまだ思っていました。

    本来なら、「少しずつでもいいから返してほしい」と、こちらから返済を迫るべきだったのかもしれません。
    でも、きつく言いすぎて完全に音信不通になってしまうことが怖くて、強くは何も言い出せませんでした。

    そうしているうちに、その「返済を延長してほしい」という連絡も、
    1回、2回と続いたあたりから、
    だんだんと連絡自体が途絶えていきました。

    気づけば、電話をしても出ない。
    メッセージを送っても返信すらない。
    完全に、音信不通の状態になってしまったのです。

    よく考えれば、私は彼の自宅の場所も、詳しい住所も知りませんでした。
    貸す側なら、本来は当然知っておくべきことです。

    今振り返ると、
    「そこまで何も確認せずにお金を貸した自分」 のほうがよっぽど問題で、
    完全な無防備というか、頭の中がお花畑だったと言わざるを得ません。


    住民税の強制引き落としと、詐欺ハガキ

    それに追い打ちをかけたのが、滞納していた住民税でした。

    ある日、通帳を確認すると、心当たりのない大きな引き落としがありました。
    役所からの督促状が何度も届いていたらしいのですが、
    私の郵便受けは、消費者金融からのハガキでパンパンの状態。

    正直、住民税のことなど頭の片隅にもなく、
    「銀行口座から強制的に引き落とされていた」と知ったときは、
    まさに寝耳に水でした。

    そんな感じで、灯油のバイトで一生懸命貯めた預金残高は、
    じわじわと削られていきました。

    そして、とどめを刺したのが 詐欺のハガキ です。

    当時の私はそれが詐欺だと気づかず、
    書かれていた連絡先に、そのまま電話をかけてしまいました。

    電話口の相手は、最初こそ淡々としていましたが、
    途中から「法的処置」「差し押さえ」といった言葉を使って、
    こちらをどんどん追い込んできます。

    私はすっかりビビってしまい、
    言われるがままに指定口座へお金を振り込んでしまいました。

    今思えば、これらすべては、
    世間知らずだった自分自身が招いた結果 でした。

    誰か一人が悪いというより、
    「知らない」「調べない」「確認しない」私の甘さが、
    少しずつ人生を追い詰めていったのだと思います。


    電気とガスが止まった日

    そしてついに、灯油のアルバイトでコツコツ積み立ててきた貯金も底をつき、
    いよいよ「生活が成り立たない」と言ってもいいレベルまで追い込まれました。

    借金は、支払っているのはほとんど金利ばかりで、元金がほとんど減っておらず、
    相変わらず、返済に追われる毎日でした。

    支払いの優先順位は、

    • 借金の返済
    • 家賃

    この2つが最優先。

    その結果、食事に回せるお金はほとんど残りませんでした。

    食事と言っても、まともなものではありません。

    小麦粉を水で溶いて焼いただけのものに、
    ソースや塩をかけて食べる“なんちゃってお好み焼き”のようなものや、
    値引きされた菓子パンを1〜2個買って、その日をしのぐ。

    お腹がふくれれば、正直なんでもよかったのだと思います。

    そんな生活を続けているうちに、
    ついには 電気とガスを止められてしまいました。

    幸いだったのは、水道だけは家賃に含まれていたため、
    水だけはなんとか使えたことです。

    それでも、

    • 電気のつかない真っ暗な部屋
    • お湯の出ない冷たい水
    • ガスコンロも使えないキッチン

    という環境での暮らしは、想像以上に堪えるものでした。


    日払い派遣で食いつなぐ毎日

    そんな生活なので、
    「とにかく 今すぐ現金がほしい」という一心で、
    日払いができる派遣の仕事に頼るしかなくなりました。

    いくつかの派遣会社に登録し、
    単発の現場に片っ端から入っていきます。

    ドーム球場の野球観戦で、入場ゲート付近の整理スタッフとして立ちっぱなしの日もあれば、
    冷凍倉庫で、大型トラックいっぱいに積まれた冷凍魚介類の荷下ろし作業をする日もありました。

    とにかく、紹介された仕事には深く考えずに飛びつく。
    現場も内容もバラバラで、毎回まったく違う場所に出向いていました。

    それでも、日当はせいぜい4,000〜6,000円ほど。
    決して高いとは言えない金額ですが、
    「無収入よりはマシだ」と自分に言い聞かせて、働き続けました。

    今振り返ると、あの頃の私は、
    まさにマグロのように、動き続けなければ死んでしまう——
    そんな感覚で、その日その日をなんとか生き延びていたように思います。


    藁にもすがる思いでの転職活動

    日払いの派遣でなんとか目先の生活費を確保しつつ、
    「さすがに、このまま単発だけで食いつなぐわけにはいかない」と思い、
    同時並行で転職活動も始めました。

    とにかく活路を見いだしたくて、
    気になる求人は 片っ端から応募 していきました。

    同時に何社も受けるとなると、
    もし複数から内定をもらったときには、
    どこかにはお断りの連絡を入れなければいけません。

    「それって、倫理的にどうなんだろう?」

    そんな迷いが、頭のどこかには正直ありました。

    でも当時の私には、そこまでじっくり考える余裕はなく、
    「とにかく今の生活から抜け出したい」
    その一心で、藁にもすがる思いで必死に応募し続けていました。


    届かない採用通知と、一本の電話

    とはいえ、現実はそう甘くありませんでした。

    実際のところ、
    「もし内定が重なったら、どこかを断らないといけないな」
    なんて心配が必要ないくらい、ことごとく不採用の連絡ばかりが届いていました。

    メールの件名に「選考結果のお知らせ」と書いてあるたびに、
    「ああ、どうせまた落ちたんだろうな」と半分あきらめながら開く。
    そんな日々が続いていました。

    ところが、ある日ふいに採用通知の電話がかかってきました。

    正直、最初に会社名を言われたとき、
    「あれ?どこの会社だっけ?」と、すぐにはピンと来ませんでした。

    よくよく話を聞いてみると、
    そこは 運送・配送の会社 で、
    某コンビニエンスストア向けの 商品配送の仕事 をしている会社でした。

    灯油トラックの仕事をしていた頃に芽生えた、

    「運送の世界って、意外とおもしろいかもしれない」

    という気持ちとも、どこかでつながるような、不思議な縁を感じたのを覚えています。

    ここからようやく、少しずつですが「巻き返し」の流れが始まっていきます。


    ▶次回予告
    次の職場となった運送会社では、人間関係にも恵まれ、仕事も順調に続けることができた結果、借金を完済し、ようやく「安定した生活」と呼べる日々を手に入れることになります。

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