第0話|転職多すぎ?それでも前向きに生きてます。

借金は100万円を超えで
ポストには支払いの催促が常に届き、家賃2万7千円の7畳ワンルームで一人暮らし。
転職ばかりで、生活は完全に破綻していました。
――これは、2000年代前半に実家を出て一人暮らしを始めた、20代の頃の話です。


はじめまして。ハンドルネーム 「カズやん」 です。
現在40代の独身で、一人暮らしをしています。今の生活の軸は「健康」と「自由な時間」。
仕事も人生も、無理しすぎて壊れるくらいなら、少し引いて整えたい派です。

このブログのタイトルは
「転職多すぎ?それでも前向きに生きてます」 です。

たぶん私の職歴は、世間の感覚だとかなり多い部類です。
雇用保険の加入履歴だけで 10社
空白期間に短期で辞めた仕事まで含めると、体感では 20社以上 になると思います。

でも、ここで一番伝えたいのは、
転職が多いか少ないかじゃなくて、“人生は何回でもやり直せる”ということです。

私は実際に、借金100万円超のどん底 を経験しました。
転職ばかりで収入が安定しないので毎月の収入は金利を払うのがやっとでした。
それに加えて、生活が苦しくなって手放した車のローン残債や、半ば強引に買わされた高額商品の支払いも残っていて、生活はただ返済のために回っていました。

食事も、贅沢どころじゃありません。
小麦粉を水で溶いて焼いて、お好みソースをかけて食べる。
そんな日が普通にあったくらい、余裕がありませんでした。

そんな生活なので焦る気持ちはあるのに、仕事がなぜか長続きしませんでした。
その結果、電気やガスが止められていた時期もあって、あれは本当に堪えました。
日払いの派遣でその日を食いつなぐ生活だったので、借金返済の目処なんて立つわけもなく、
「今日を越えるだけで精一杯」 という感覚で生きていました。

今になって思うのは、
“無知”というのは、じわじわ人生を削るということです。
住民税みたいな仕組みも分からず滞納して、ある日いきなり口座から引かれて残高が消える。
仕事を辞めたあとも、健康保険や年金といった手続きはほぼやっていなかったと思います。
詐欺の知識もなく怖さに負けて金を払う。
同僚に貸した金が返ってこない。
そういうことが何度も重なって、生活はどんどんハードモードになっていきました。

全部、自分の弱さによる自業自得な部分も大きいです。
でも、あの時期があったから今ははっきり言えます。
どん底まで落ちても、人生はやり直せる。


私の職歴(ざっくり年表)

No.期間仕事・業界雇用形態期間の長さ(目安)メモ
0(専門学校)入学→半年で中退その後、飲食バイトなど
12002/07〜2003/02板金塗装会社契約社員約8ヶ月社会人のスタート期
2003/03〜2006/05空白期間約3年3ヶ月短期離職や仕事の出入りが多い時期
22006/06〜2006/07飲食店社員約2ヶ月短期で退職
2006/08〜2007/09空白期間約1年3ヶ月
32007/10〜2013/10運送業社員約6年1ヶ月初めて長く続いた仕事
42013/10〜2018/09配送業契約社員約5年生活の中心が仕事だった時期
52018/10〜2018/11運送業社員約2ヶ月
2018/12〜2019/03空白期間約4ヶ月
62019/04〜2019/04運送業社員約1ヶ月
2019/05手前に空白空白期間約2ヶ月
72019/05〜2019/11運送業社員約7ヶ月
82019/12〜2020/06運送業社員約7ヶ月
2020/07空白期間約1ヶ月
92020/08〜2022/07運送業社員約2年
2022/08〜2022/10空白期間約3ヶ月
102022/11〜現在運送業社員継続中今の軸:健康と自由

※この表に出ていない短期離職も、空白期間の中にたくさんあります。そこは回ごとに書いていきます。


仕事が続かなかった理由(今の私なりの整理)

当時の私は、社会人になったつもりで、どこか“アルバイト感覚”が抜けきれていなかったと思います。
実家暮らしだった1社目の頃なんて特にそうで、正直「遊び金が欲しいな」くらいのノリもありました。

それに、仕事の覚えがあまり良くないので、
必死にメモを取ったり真面目にやっているつもりでも空回りすることが多かった。
そこに教育係との相性が悪いと、ダメ出しばかりで追い詰められて、
「あ、ここ無理だわ」と心が折れてしまう。
そうやって転職が重なっていった部分もあります。

資格もない。適性も分からない。
今思えば、続かなかったのは当然だったんだろうなと感じています。

ただ、そんな私でも 一度ハマると長く続けられる仕事がありました。
それが運送業です。


運送業で続けられた理由

運送業と一口に言っても、運ぶものや時間帯、トラックの大きさ、会社の空気まで、本当にさまざまです。
当たり外れがはっきりしている世界だと思います。

でも私にとっては、
基本一人作業で気楽にできる ところが合っていました。

覚えは良いほうではないので、体に馴染むまで時間はかかります。
それでも、できるようになるにつれて、
「もっと効率よくするには?」と自分で工夫し始め、
責任感がついて前向きに動けるようになっていきました。

運送業の中でも転職は何度もしています。
でもそれは逃げたかったのではなく、
“自分に合う当たりの現場を引くまで、くじを引き続けた”感覚に近い です。


このブログで書いていくこと

この先の記事では、1社目から順番に、

  • どんな会社だったか
  • 当時どんな生活をしていたか
  • 何が起きて、どこでつまずいたか
  • なぜ辞めたのか
  • そこから何を学んだのかを、リアルに掘って書いていきます。

きれいごとにするつもりはないし、かっこよくまとめるつもりもありません。
ただ、自分の経験をそのまま材料にして、
「どん底からでもやり直せる」 ということを証明したいと思っています。

ちなみに、最初の転機は板金塗装を辞めたあとの2003年ごろ。
マルチに勧誘され、そこからサラ金に手を出し、実家を出て一人暮らしを始めたあたりから、
私の人生は一気に借金ハードモードに入っていきました。

あの頃の選択がどうしてそうなったのか。
何を考えて、何を知らなくて、どう転んだのか。
そのへんも全部、順番に書いていきます。


読んでくださって、ありがとうございます。
もし今しんどい場所にいる人がいたら、焦らなくて大丈夫です。
遠回りでも、何回転んでも、やり直しはききます。

そのことを、これからの連載でちゃんと証明していこうと思います。

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